色んな所で歌いました。

学校で歌ったり、ゲストハウスのTALAで歌ったり(^_^)

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TALAの場合。Facebookのメッセージで突然、翌週の出演依頼が来ました。

マリコさんって方からでした。

マリコさんは、キャンプ・ジョン・ヘイでも見かけてましたが、挨拶出来ないままでしたので。

初めましてでした(笑)

小国さんに紹介されたと言うことでした。

カンカナイ語で歌うローカルシンガー ブライアンが出演するので、その時一緒に歌わないか?って言うお誘いです。

勿論、引き受けました!来るもの拒まず。

もう、これは運命に身を任せ。って言うか流れに乗っちゃえって感じで、行けるところまで行ってしまえって感じになってました。

ブライアンですが、同じくローカルシンガーのSendongとは友達で、お互いにその話をすると先週会ったよ!と同じ反応でした!当たり前か(笑)

老人会?でも歌いました。日系2世、3世の方ですが、日本語は殆ど喋れません。

その人達の前で、やっぱり日本語で歌いました(^O^)
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それでも喜んで貰えて、俺も嬉しかった

この日、出来たばかりの『Thank you forever Baguio』も披露しました。

気がつけば、また歌が歌いたいと思うようになってました。




場所は、アボンホールと言って日系の人を支援する所らしいです。

前にも、ここで日本の『書き初め』を現地の子供たちに教えるボランティアをしました。

BECIの友達にボラティアしないか?って声をかけたら殆どの人が来てくれました。

って言うか行きたいって思ったそうです。何故か?と聞くと。

通常、留学して生徒同士、または先生との触れ合いはあるけど現地の人との関わりを持つことは無いので参加したかったそうです。

で、実際は現地の子供も居たけど、女子大生も居て、若い人は喜んでました(笑)
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俺はと言うと。

この日、最高に体調が悪く。部屋で寝ていたかったのですが、俺が募集して場所も俺しか知らないので、引率者として参加しました(^_^;)

そして次の日。初めて授業を休みました・・・・(悔)


他には、Chayaで行われた、日本人会の新年会でも歌いました。
Chayaの料理は美味しいです。日本で営業してても文句なく美味しいと思いました。


話は前後しますが、Sendongのホームグラウンド、ラ・トリニダッドにあるDap-ayanに行った時です。

Sendongの演奏中に、ゲスト出演で4曲程歌いました。

俺のオリジナルなのに、コードをAとかGって言うだけで、メンバーが合わせてくれます。
あ〜英語必要ないじゃん!って思った瞬間でした(笑)
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英語を勉強しに来て、英語が必要ないと思うのもどうかと思うけど。
音楽って世界共通なんだな〜って実感しました。

学校でも言われました。留学しにきて、打ち合わせとか練習に行く人は、HAJIMEさん位しか居ないよ!って(笑)

そうです、小国さんや、Sendongとの練習に日々出かけて行っていたのです。

しかし、Sendongはやっぱりフィリピン時間で行動してます。

昼1時に待ち合わせなのに、2時に来たり。

彼のオフィスで待って居たら、突然キャンセルのメールが来たり・・・・

でも、自然と腹が立たなくなってました。

俺もフィリピーノのなって来たのかな(*^_^*)

ある日、何時もの様に彼のオフィスで待っていたら、スタッフの女の子が、Sendongは違う場所に居るから、今から一緒にそこに行きましょう。って事になって二人でジプニーで向かいました。

そこはKAPITAL?って所で着いて暫く待ってると、Sendong登場。

Sendongが言うには、最初に飯を食ってからスタジオへ行こう!

って事で、俺はギターを抱えて彼について行きました。

するとそこは・・・・

何と結婚式の会場。まさに式の真っ最中・・・・・何???

Sendongがマイクで喋ってます。その間、俺の周りの人が食事を出してくれて、最初は遠慮したんですが、おめでたい席なので頂きました。

するとSendongは俺のギターで新郎新婦に歌を披露し始めました(^-^)
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何曲か歌った後、俺を紹介し始めて、おれも歌う事に・・・・

もう、オファーがくればどこでも歌う積もりだったので『シアワセのカタチ』を歌いました。













Thank you forever Baguio

この曲は、フィリピン人シンガーと日本人シンガーのコラボレーション企画が持ち上がった時に、作ろうと考えていました。

ただ、同じステージに2人のシンガーが入れ替わり演奏するのでは本当の意味でのコラボにならない。

それぞれのオリジナルを演って、さらに同じ曲を二人で歌うと言うのに意味があると思います。

最初のミーティングでは、スキヤキ(上を向いて歩こう)やフォーユーが候補に上がってましたが、Dap-ayanで俺が歌ってるとき、リクエストが来たのです。

日本人シンガーと言うことで紙には『kanpai』と書かれてました。

そうです。乾杯はフィリピンでタガログ語でカバーされてヒットしていたのでした(^-^)

1曲は『乾杯』で決定しました。

もう一曲は、俺が作った曲『Thank you forever Baguio』を演りたいと主催の小国さんに伝えそれをSendongにも伝えました。

SendongはOKでした。

まず、日本語で曲を制作。それを単純にトランスレートしたら意味が変わってしまうし、長さも難しい。

そこで、BECIの日本人教師のHANAさんに依頼しました。

まず、日本語の歌詞とトランスレートした英文をメールで送ります。

それをHANAさんにニュアンスが変わらないような文章にして、それをHANAさんの旦那さんBobbyが、センテンスを調整してくれました。

Bobbyはコラムニストで新聞のコラムを毎週書いてる人でした。凄い・・・

実際の作業は、Bobbyの前で日本語で歌い、1フレーズづつ詰めて行きます。
4分の曲の英語バージョンが出来上がるのに4時間掛かりました。

完成後、3人で祝杯を上げました。

そのお礼に、後日広島のお好み焼きを作りました。

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納得行かなかったけど、今ある道具で作れる限界でした。

次回行く時は鉄板持参で行こうと思います(笑)

話はそれましたが、出来上がった英語バージョンをSendongに現地の言葉に訳して貰い。完成です。

Sendongは日本語は分からないが英語は分かるので、こう言う作業になったのです。

1番は日本語で俺が歌い、2番はSendongがイロカノ語で歌い。サビの繰り返しは英語で2人で歌う。

これこそが、本当のコラボレーションだ〜〜!って思いました。

彼の使ってるスタジオでレコーディングもしました。

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ここでも、完成後に祝杯を上げました(笑)





色々な思いが交錯してます。


この曲を作ったもう一つの理由は、友達です。

留学と言うシステムは不思議です。様々な年齢や国籍の人がクラスメートになる。

最初に仲間を見送ったのは、バギオに来て3週目でした。

卒業する仲間をバスターミナルで見送ります。

何て辛いんだ〜〜!淋しい・・・・

そんなに深い付き合いじゃないと思ってたのに、見送るのってこんな気持ちになるの?

JOYBUSのターミナルで何回泣いたことか・・・

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みんな何かの目的があって英語を学びに来てます。そして去って行きます。
当たり前の事だけど、出会いと別れが毎週ありました。

俺が年上なのでみんな、よく懐いてくれました。

懐かれると嬉しくて一緒に行動してしまい。去って行く時は辛いです。

そして、実は先生も同じ気持ちだったそうです。

3ヶ月教えた生徒が帰国するのは、辛いそうです。

長年やってる先生も最初の2年は毎回泣いていたそうです。

俺も最後の日は号泣して目が腫れてました。お世話になった先生と写真を撮りましたが、全部変な顔です(^_^;)

そんな気持ちを歌にも込めました。

バギオで出会った人、フィリピーノ、フィリピーナ、コリアン、チャイニーズ。

そして日本人。 みんな素晴らしいと思いました。

ステージ本番の前日に、パレードにも参加しました。

コスプレは世界共通ですね!日本のアニメ大人気。

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何とTVでも放送され、新聞社のHPにも載りました。

2日間のステージの模様も地元のTVで生中継されました。

ステージ2日目のフィナーレ。

出演者全員で、大騒ぎ!曲は俺のオリジナル『河童』です。














そしてステージが終わり、次の日。

小国さんと、Sendongと最後の食事をしました。

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俺がバギオを去る日でした。

不思議な縁だったな〜!

小国さんと別れ、Sendong達と、最後のバギオをブラブラしました。

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あちこちにステージが作られ、丁度Sendongの友達も演奏して居ました。

明日はあのステージに出演するんだよ!とSendongが言いました。

『一緒に出るか?』って。

その日に夜に出発するのは知ってるので勿論冗談ですが、嬉しかったです(T_T)

Sendongが自分のCDとDVDにサインを入れてプレゼントしてくれました。

最後に彼とハグをして別れました。

やっぱり涙が出ました。

My fridend Sendong

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Sendongのメールは何時も、My friend Hajimeで始まります。